平ボディーのトラックで引越し

軽トラックの引越し業者は貸切便のことがほとんどですが、移動距離が多くなるのにつれて、料金が加算される仕組みになってることがほとんどのようです。私も長距離の引越しをした経験があります。大阪から東京までの引越しでした。当時はひとり暮らしでしたので、当然と言いますか荷物はひとり分でした。

見積もりは大手運送会社に料金を聞いてみましたが、感想としては結構かかるんだなぁといった印象でした。最終的には、平ボディーで2トンか4トンのトラックのところにお願いしました。僕のこの単身引越しはまれな例だと思います。なにせ平ボディーですから。引越し専門ではなく、運送会社だったと思います。引越専門であれば平ボディーのトラックというのはありませんから。平ボディーというのは簡単に説明すると、荷台に屋根のないタイプのトラックです。屋根がないけれども、荷物を載せてから全体的にカバーでかぶせます。

荷物はちゃんと届きましたが、今思えば「よくこういうところにお願いしたなぁ」と思いますが、運搬作業はしっかりとやってくれてったという記憶があります。その時住んでたとこは、「エレベーターなしの5階」でした。作業としては大変な部類になると思います。作業員が1名のプランで、もちろん僕も手伝いました。料金はというとはっきりと覚えてませんが7万円くらいでした。けっこう安かったと思います。

バルコニーから星が見える部屋へ引越し

今の部屋は、バルコニーから星が見えにくい場所に住んでいます。 原因は、目の前に大きなマンションが建ったからです。 以前は東から南方面の星がよく見えていて、季節の移り変わりには、星の配置が変わり、 あーそろそろ夏の星になって来たなとか、天気がいい日は、 星を眺めてから眠りにつくのが日課になっていました。

それほど星とか天体に興味があって、専門的に調べている訳ではないですが、 なんとなく、おおくま座、こぐま座という、普通の星で楽しんでいるぐらいです。 しかし、目の前のマンションで見えなくなってから、何か寂しくて、 それで思い立って引越しをする決心をしました。 考えてみれば、随分この部屋に住んでいたので、これを機に引越ししてもいいかなと思いました。

今住んでいる地域が好きなので、この地域で部屋を探してみました。 久しぶりに不動産屋さんの賃貸情報を見ました。 方角は記載されてありますが、そこから星が見えるかなんて、記載されているわけはないので、 一見ずつ部屋を見る事になったのですが、これが大変でした。 担当の方も少し疲れた感じでしたので、悪いと思いましたが、この条件だけは譲れないので、 数日かけてやっと見つけられました。 いざ引越しです。夜の星が見られると思うと、楽しみでワクワクしていました。

三重県から横浜へ長距離引っ越し

とある年の3月に私は大学を卒業しました。就職がなかなか決まらず、希望していた化粧品業界はことごとくダメ。でも私には将来メイクアップアーティストになりたいという夢がありました。 もう地元の三重県で工場ででも働こうかなと思っていた時に気分転換で彼氏に異業種交流会に来ないかと誘ってもらいました。

彼氏は地元三重県で2代目を継ぐために修行中の駆け出し経営者。年齢の割には人づきあいもうまく顔が広かったのです。 そこで横浜出身というメイクアップアーティストを紹介されました。彼はなんとも話がうまく、自分で美容院を7店舗経営している敏腕経営者でもありました。 新卒で仕事が決まっていないなら私の弟子にならないか?横浜に長距離の引越してくる気があるのならいつでも面倒をみるよ、とのこと。 彼氏は大反対をしていましたが、私は夢のメイクアップアーティストになれるのならと、彼氏を説得し横浜への引越しを認めてもらいました。

すでに部屋を探すには遅すぎる時期。 横浜のお店の最寄り駅をメインで探してみるがなかなか見つからず、ようやく見つかったワンルームマンション。 東日本大震災の影響で計画停電の地区あたっており、引越し当日の夜も真っ暗の中車から必要な荷物を運び込みました。 彼氏は横浜の大学出身だったので横浜の地理にはとても詳しく、引越し後もいろいろなところに連れて行ってくれました。 狭い狭いワンルームに彼氏が週末遊びに来ては泊まって帰っていく。私はメイクの勉強のため深夜まで社長について見習い、社長が帰った後ようやく自主勉強の時間。彼氏とはすれ違いの日々が続きました。

そんなある日私にチャンスが巡ってきました。とある店舗の店長にならないかというものです。私はもちろん喜んで引き受けました。 そのお店は東京都内。私は仕事のことを考え都内に引越すことにしました。 時を同じくして彼氏は私が夢を追えば追うほど離れてしまい、自分の時間ができるようになり一人前になったころには音信不通になってしまいました。 夢と恋愛の両立は私たちにはできませんでしたが、横浜は私にとって夢の町。 今は都内でメイクアップアーティストとして独立しています。